9/6

こんにちは、2年の渡邊です。

先日秋学期もリモートだろうと思いアパートを売り払ってしまいました。(そしてその二日後にレベルが0.5に引き下げられました…)そんな訳で東京に拠点が無く、活動が再開されましたが未だ山梨の実家にいるという状況です。本当に申し訳ないです。

9月15日から工房での活動に参加する予定です。今まで休んでいた分頑張ります。新しいアパートは本郷キャンパスの近くなので、工房にも行きやすくなると思います。

そういえば強力な台風が迫ってきているようですね。あまり被害が出なければ良いのですが…

 

不見識

更新をうっかり忘れていたシャシー班の松岡です。

チームの現況を少しだけ述べますと、感染拡大防止に配慮しつつではありますが設置に向けて製作が少しずつ進んでおります。

個人としては半年以上前にはじめて行った設計が形になってきたことでたくさんのことを学べてきている状況なのですが、代償として発生した様々な問題への対応に頭を使う日々だったりします。とはいえ発生した問題を対処するだけなのは少し勿体ないので、改善案などを自分の中でまとめつつよりよいマシンを目指していきたい所存です。

接地が完了しても残念ながらまだまだ担当しなければならない部分が多くありますが、バランスを取りつつ失敗の無いように取り組んでいこうと思います。

 

9/1 夏休みの活動

こんにちは、3年の本多です。
夏休みはフォーミュラをはじめとして好きなことをさせてもらって過ごしています。1年後は院試だと考えるとかなりナーバスな気持ちになります。そろそろTOEFL含め対策をするべきなのでしょうが…目をそむけたくなりますね。
フォーミュラ以外にも、相変わらず自動車をモデリングしては次第に上達できている気がします。前回とあるメーカーに応募したのは結局落ちて残念でしたが、作品の数と質を上げて再挑戦しようと思います。

昨日、本当に久しぶりにディズニーシーに行って来ました。やはり何度行っても楽しい場所なのですが、なにかとアトラクションのメカニズムに注目してしまいます。クランクシャフトとコンロッドの関係にあたる機構がメリーゴーラウンドに使われていたり、ロール・ピッチ・ヨーの回転をサーボモータで制御してうまく加速感を出したり…。夢の国は、しっかりとエンジニアリングに裏付けされていましたね。

9/1 進振り

二年の細見です。昨日進学選択の内定者発表があり工学部電気電子工学科に内定しました。これで自らの進振りは終了しました。

東大の特徴であり、なにかと話題になる進振りですが僕にとってはとてもありがたいものでした。大学入学前は学科の選択について深く考えたことはなく、進振りがなければ学科の選択をテキトーにこなしていたこ思います。実際に入学前考えていたところとは別の学科を選択しました。

進振りは批判されることも多く完璧な制度であるとは思いませんが、進振りまでの前期課程は高校と大学の中間みたいで楽しかったですし悪いとこばかりではないなというのが体験してみての感想です。

8/29

こんにちは。B3の根本です。

活動が再開してしばらく経ちましたが、再開直後の製作は手順やカンを忘れていることが多く、なかなか製作がうまくできませんでした。特にフライスで時間をかけすぎていたと思います。

8月の終わりの今にになって段々と作業の手順やカンを思い出してきました。製作スピードをなるべく上げていきたいと思います。また溶接の練習も、暇を見つけてやっていきたいです。

もう夏休みの半分が終わってしまったことに驚いていますが、引き続き制作を頑張っていきます。

しんふり

ブログの更新を相当の間し忘れていて、昨日するといったものの結局多忙を理由に忘れていました清水です。

誠に申し訳ないことこの上なく、自分自身にも失望している次第です。特に今日の朝、2Sまでの点数を確認したことで自身への失望は絶望へと変わりつつあります。なんでかなぁ、点数全然のびなかった、、、。80点超えを目指して頑張った2Sですが、良を量産するという間抜けっぷり。受ける授業の数を相当減らして臨んだもののこのざまです。まあ言い訳をしますと、一年生のときにやったフランス語の平均点が62点。これはねえ、どうしようもないんですわ。第二言語は先生運も必要だということですね。呪文を解読する能力を僕は持ち合わせていなかったため大きな苦しみを味わいました。声が小さいうえに言っていることが呪文となると僕にはどうしようもありません。時間の有効活用と称して惰眠をむさぼった僕に点数の女神は強い憤りを覚えたのでしょうが、まあだってできなかったんだもん!!人によって得意不得意はありますからね、とかいう言い訳は女神さまには通用しなかったようです。それなら他の科目で挽回しろという厳しいお言葉が聞こえるような聞こえないような。

東大に入って安泰だと思っていたのですがどうやらそうではないようです。確かに能力のある人間が優秀な学部に行くのは必要なことだと思いますし、点数を取ることが一つの能力であるということにも異論はありません。ただ、他の科目と異なり、入学時点で強制的に決定する語学の先生によって平均点が4点ほど変わってしまうのはいかがなものかと思います。まあ負け犬の遠吠えですが。語学除外してほしいほんとに。てか点数の基準作ってほしいぜ。平均と分散が同一の範囲に入るような。なんなんだかなぁ。。。

毎年東大生を地獄に叩き込む進振り制度。文一の僕は何かあっても法学部に行けるので比較的安心ですがUTFFの理系メンバーは大変だったと思います。どうにか良い結果が出ているように祈りながらこのブログを締めたいと思います。

8/12 記憶喪失

こんにちは。B2の鈴木です。夏休みに入るのとほぼ同時に活動が再開しました。予定が埋まって嬉しいやら悲しいやら。大学生の夏休みを無為に過ごすのは勿体ないですが、一度はそんな夏休みも体験してみたいものです。

今週は主にボディーワークの作業を少しずつ行っている……のですが。問題は、活動休止期間が長すぎて、春休みまでの記憶が吹っ飛んでいることです。まるで記憶喪失のよう。材料をどこにしまったか、図面はどこに保存したか、作業はどこまで進んでいるか、一つ一つ思い出しながら進めています。特に治具なんかはどれが何でどこにあるのか一切覚えていないです。こうならない為にも物品の管理はきちんとしなければいけないですね。

早く諸々のカンを取り戻さなくてはと思います。感染症の拡大防止に気を付けつつ頑張っていきます。

8/11

こんにちは。マネジメント班3年の後藤です。コロナがおさまる気配はあまりなく、道ゆく人が全員マスクをつけているのも見慣れた光景になってきました。学部の授業も三密を避けるために少人数で登校することになっており、生活スタイルが変わりつつあるのを感じます。そんな学部での実習も終わり、いよいよ夏休みとなりました。最近は竸技プログラミングを独学で進めています。自分で書いたコードがうまく動くと嬉しいですが、まだ時間的制限に弱いのでもっと綺麗なコードをかけるようになりたいです。

工房が使えるようになり、活動が再開するということで今まで以上に健康に気をつけて生活していきたいです。

8/9 院試

こんにちは、4年の小池です。

いよいよ院試まであと一週間となりました。

工房は昨日から使えるようになりましたが、電装班の活動再開はもうしばらくかかりそうです。

工房の利用は人数や時間の制限つきになってしまったので、今回はなるべく自宅で作業しようと思っていますが、そうすると知識の継承の問題もあり、、、

電装って、たくさん人が入るのに、なぜか定着しないんですよね。。。

というと闇発言のようですが、どちらかと言うといわゆる意識高い系のような、何にでも魅力を感じるような人がものづくり、電子工作、プログラミングに興味をもってうちに入ったものの、1年単位で大きすぎるから別のことがやりたくなってやめていく、そういうパターンが多かったと思っています。

とはいえ、これも深刻な問題だと思っています。

8/8 活動再開

お久しぶりです。学部2年の鎌田です。梅雨もすっかり過ぎ去り、東京もいよいよ夏本番という感じですね。

ついに先日、待ちに待った活動許可が下りました!どうやら遅ればせながらも、UTFFにも夏が来たようです。

さっそく、製作途中のまま放置されていたUTFF19の製作を再開します。今年は大会が中止となってしまったので、次の大会まで時間は十分にありますが、甘えることなくてきぱきと製作に励みたいです。

 

追記

この前、「17歳のウィーン」という映画を見ました。ナチス=ドイツの魔の手が伸びようとしていたオーストリアのウィーンを舞台として、田舎から働きに出ていた青年フランツが、恋を通して成長していく物語です。

煙草屋で働きだしたフランツは、客である心理学者フロイトと親しくなります。フロイトに恋をするように勧められたフランツは、当初は恋愛がどんなものなのかわかりませんでしたが、すぐにあるボヘミア出身の女性アネシュカに恋します。しかし、この恋がなかなか一筋縄にはいかないのです。

移民であるアネシュカはしたたかです。興行屋の愛人となり、踊り子をやります。ナチスが進駐すると、彼女はナチス士官の愛人となります。フランツは、彼女が興行屋の愛人になっていることを知ると、愛を売る彼女を罵倒しました。彼女を深く恋していたフランツにとって、アネシュカが愛を安売りするのは、自分の彼女への愛がもつ、カネには到底換算できない価値が、彼女自身によって否定されているようで許せなかったのでしょう。しかし、彼女がナチス士官の愛人となったときには、フランツは何も言わず、諦めの表情を浮かべただけでした。彼女が進んで愛人になろうとしているわけではなく、貧しい生活のなかで愛人になるという妥協をしていることに気づいたからだと思います。

アネシュカと自分が結ばれ得ないことが明白になったとき、どうしてよいか分からなくなったフランツは、フロイト博士に答えを求めます。そこでフロイトはこう言うのです。「人は答えを見つけるため生まれるのではない。問いかけるためだ。」と。

自分の恋する女性が生活苦から愛人になるフランツのように、大人になる過程で私たちはたくさんの不条理に出会います。理不尽さに揉まれるなかで、人はどう生きるべきかについて、今までの考えがガラガラと崩れ、なかなか頼るべき答えが見つからないことに幻滅するかもしれません。そこで明確な答えが見つからないことを受け入れる、すなわち諦めることは良いのです。むしろ諦めることは、大人になった証です。それは、ちっぽけな自分の枠組みに、世界は収まらないことに気づくことだからです。しかし、そこで問いかけることをやめてはなりません。なぜなら、自ら問うことをやめた瞬間に、その人は状況に流されるだけの一分子となってしまうからです。ちょうど、時世の流れにさらわれて、いとも簡単にナチズムに前ならえをした多くのウィーン市民のように。