12/19 Modular Architecture

こんにちは、3年の前田です。
就活やらリサーチペーパー作成やらで忙しくしています。
実は今週はそのリサペの提出期間なのですが、まだ終わっていません。
提出期限まで残り40時間、本当に終わるんでしょうか?

こんな状況で本来は活動日記なんか書いている場合じゃないんですが、どうせ書くなら頭の整理をしようということでリサペのことについて触れてみようと思います。

さて、このリサペ、第3類(政治コース)に所属していると必修となり、書かないと卒業ができないわけですが、2単位しかもらえません…
その代わり提出時期は3S・3A・4S・4Aの中から自由に選べるので、その点は就活とかに影響があまりなくて嬉しいです。
書き始める前に、まず法学部の便覧を開いて今年度のリサペに関するレギュレーションを参照すると…

…原則として法学・政治学の特定科目の特定のテーマについて…
…原則として12,000字以内…
…使用する言語は日本語あるいは英語を原則…
…原則として演習に所属し、演習を通じて具体的な特定のテーマを設定し…その掘り下げた研究を行い、それを論文にまとめることが期待されている…

などと書いてあります。
法学部は原則という言葉が好きですね。
原則があるということは例外もある…ではないですが、このレギュレーションには抜け穴があります。
日本語あるいは英語が原則と書いてあるにも関わらず、量の規制は字数制限のみで、英語で書いた場合の語数制限は書かれていません。
まさか英語で12,000「字」以内なわけないですから(それだったらA4三枚で終わります)…そしたら英語で書いたら事実上無制限じゃない!?
ということで英語で書いています。
(もちろん無制限というのは冗談で、空気を読んでだいたい日本語で12,000字相当の量になるように調節します)
テーマはといえば、行政学演習で扱ったイノベーションの移行マネジメントの枠組みを無理やり自動運転に結びつけて、自分の好きな自動車業界についてひたすら語るという阿漕な作戦です。
最初はどうまとめればいいのか見当もつきませんでしたが、書いているうちになかなか面白い感じになってきたので、簡単に共有してみます。

まず移行マネジメントとは何かということですが、90年代以降の環境意識の高まりを背景に、社会の既存のシステムをより持続可能な方向へと導くべく、技術イノベーションのガバナンスの可能性とその理論体系の構築を模索する一連の学際的な研究分野のことを指します。
これは市場メカニズムに依る新自由主義的政策や、トップダウンの統制型の政策をとるケインズ主義的政策とは一線を画す、新たな再帰的ガバナンスの手法としてオランダを中心に発展しているものです。
再帰的ガバナンスというのはあまり聞きなれない言葉ですが、簡単にいえば将来的に起こりうる事象を完全に予測し統制しようとするのではなく、現在生起している社会と技術の相互作用の動的過程を繰り返し捕捉しながら、発展の方向性やスピードを誘導しようという考えです。
こうした分析を可能とするべく編み出されたのが重層的視座(Multi-Level Perspective: MLP)という枠組みです。
このMLPはランドスケープ・レジーム・ニッチという3つのレベルによって構成され、この順番で上からヒエラルキーをなしており、下層は上層に入れ子状に埋め込まれています。
ランドスケープは変化のプロセスが起きる全体的な社会環境で、自動運転でいえば環境・交通安全に対する意識の高まりやコネクテッド化といった動向がそれにあたります。
その下のレジームはこの枠組みの中心となるレベルで、制度化された頑強性のある既存の社会システムを指します。
現在の自動車業界を構成する大手メーカーがここでのプレイヤーになります。
最後に一番下層のニッチは、新技術やそれに関連するルールやアイデアの実験が行われる、イノベーションを生み出すための保護された空間として措定されています。
WaymoやSoftbankなど、自動運転技術によって自動車業界への新規参入を図ろうとする新規のプレイヤーがここでの主役です。

さて、自動運転の研究に視点を移すと、これまでは工学的な技術論や事故時の民事的責任論などの法律上の専門的議論に偏る傾向がありましたが、これに問題意識をもった研究が2015年あたりから出現し、社会科学的な文脈の中でより包括的な議論を進めるべきだと批判しました。
そこでは上記のMLPのような枠組みを引用しながら、自動運転技術の将来像の分析が試みられていますが、多くの研究ではニッチ対レジームという二分的な構図を前提としており、最終的にはモジュール化の進展により自動車がコモディティー化し、将来的にはニッチイノベーションによりレジームが乗っ取られるという論調が目立っていました。
ちょうど2015年はGoogleが内製の完全自動運転車の試験走行に成功した年でもあり、いずれ自動車メーカーはITメジャーに飲み込まれるだろうという考えが広がっていた時期でもあります。
しかしながらそれから3年が経った今、自動車産業を見渡してみると、こうしたトレンドに変化がみられるようになりました。
例えば、GoogleはWaymoに組織を改め、自動運転車の内製は断念し、Fiat Chryslerとの大規模な提携をはじめました。
また最近だとSoftbankはトヨタと自動運転分野で協業することを発表しました。
これらはまさしくオープンイノベーションが自動車業界の中で進展している表れです。
これまで自動車業界といえば垂直統合による自前主義が貫かれてきましたが、自動運転車の開発には膨大な工数がかかり、グローバル化による競争の激化や製品ライフサイクルの短期化に伴い、研究開発を全て自社内で完結させることが不可能になってきました。
そのため、上の例で見たように協業関係を築きながら外部資源を積極的に活用することが、イノベーションを実現する新たなトレンドとして定着したわけです。

でここでようやく私のリサペの本旨にたどり着くわけですが、言いたいことは大きく分けて二つあります。
一つは、MLPの今後の発展にはニッチとレジームという二分法を克服し、オープンイノベーションの概念を取り入れる必要があること。
もう一つは、モジュール化は既存の自動車メーカーの凋落の直接的な理由にはなり得ないということです。

最初の主張の詳細についてはリサペの本文に譲るとして、二つ目の、いわば傍論のモジュール化の話について少し触れたいと思います。
モジュール化というのは要するに部品を寄せ集めることで機能部品ができるような設計手法のことで、現在の自動車業界における大きなテーマの一つです。
一般的に日本のメーカーが得意としている(と言われている)インテグラル型の設計手法とは異なり、モジュラー型アーキテクチャの設計では最初に構成部品のインターフェースを事前にルール化し、そのルールに従えば個々の部品を独立して設計できるという考え方をとります。
一部の研究では電動化の進展に伴うモジュール化により寄せ集めで車が作れるようになり、既存の自動車メーカーは存在価値を失うみたいなことが書かれていますが、これがいかにおかしな議論かはすぐにわかることだと思います。
オープンアーキテクチャの典型例であるパソコンとは異なり、自動車は3万点に及ぶ部品によって構成され、人の命を乗せるものでもあります。
インターフェースのルール化に齟齬があり、システムが機能不全に陥れば、それが重大な事故につながることは明白です。
結局のところモジュラー型アーキテクチャとインテグラル型アーキテクチャの本質的な違いは、個々の部品同士のすり合わせを事前に行うか設計しながら行うかの違いでしかなく、むしろモジュラー型アーキテクチャを成り立たせるためには自動車設計における相当なノウハウの蓄積がなければいけません。
その意味で、自動車メーカーの存在価値はまだまだあるんじゃない?という風にリサペでは書いています。
(この辺に興味がある人は経済学部の生産システムを受講しよう!)

(ここでいきなりフォーミュラの話が始まりますが)以前OBの方と学生フォーミュラでモジュール化を達成できたらすごいよねという話をしたことがあるのですが、それがいかに難しいことかはここ最近の活動で身に染みて感じます。
学生フォーミュラのような小型車両を設計するとなると、小さいというだけでレイアウト上の制約が厳しいものになります。
ましてやUTFFではサイドエンジンを採用しており、現行レギュレーションに合わせて設計しようと思うと針の穴に糸を通すような設計を強いられてしまいます。
いくら最初に大枠のレイアウトを決めたとしても、曲げパイプだのパーシーだのすぐに問題に直面し、その解決に結構な工数をかけてしまうことが多々あります。
多くのメンバーが設計初心者ということもあり、ノウハウの蓄積もまだまだ浅いことから、結局は設計をしながらすり合わせを行なっていく以外に設計をうまく進める方法はないのかなと考えてしまいます。
そうすると、円滑に設計を進めるには統括をする人が積極的にメンバー同士のコミュニケーションを促進したり、抱えている問題を吸い上げながら一つ一つ解決していく以外道はないのかなと思っています。
マネジメント担当としてそれができているのかは全く自信がありませんが、これからもチーム内の円滑なコミュニケーションを心がけていきたいものです。

駄文を書き連ねていたら3時間を無駄にしてしまいました。
リサペ終わるかな…

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